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2007年5月26日 (土)

三宅島と復興と

 三宅島は2000年8月の噴火で全島民が島外へ避難,有毒ガスの噴出が続き2005年2月まで4年6ヶ月にわたる全島避難を余儀なくされた.今回,地域安全学会の発表会で初訪問となった.
 「揺れるぞ?」と聞いていた船旅も,往路は平穏,復路はやや波が高かったものの,座席シートに身体をあずけてウトウトしていたら,悪酔いすることもなかった.
 三宅島の印象を一言で言えば,島の社会も,自然景観も,そして1人1人の島民も,すべての側面で火山に対峙する空間,というものであった.
shima kaigan
 26日のシンポジウムで平野村長は「(空港整備など課題はあるが)ハードからソフトへのギヤーチェンジの時期かなと感じる」と発言されていた.今回,直接島民の方々と話しをする機会は取れなかったが,雑談する限りでは,1人1人は実直な人間という印象を受けた.たった1日半の滞在で発言するのは差し出がましいと思いつつ,全島避難に見せた力強いリーダーシップを,1人1人の「自立」という視点も加えてより豊かにしていくギヤーチェンジを,僕は願った.

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